妄言を吐き出すところ

心が素直に歪んだ 綺麗な汚物大学生です

エモ論

みなさんこんにちは
いきです。
いきなりジョジョみたいな台詞を書いて申し訳ありませんね。
ちなみにゲロッカスとは僕のツイッターでの趣味垢の名前の一つでした。
 
なんでこんな名前だったのかよくわからないですが、日々溢れている僕の汚さが名前にも現れている気がしてとてもいい感じですね。でも、これ見てる人のほとんどが僕のツイッターも一緒に見てると思うから、別に“げろッカス”なんて名前使わなくてもいいと思うんですけどね。
 
まあ、いいでしょう。
ちなみに4部と6部がジョジョの中では好きですね。
ãã¸ã§ã¸ã§ãï¼é¨ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

 

 
 
さて、人の感情表現に人一倍厳しい事で有名な僕なのですが
そんな僕は「エモい」という言葉についてよく噛みついています。
 
以下ツイート
 

 

 
 
こんな感じで過激なツイートをしていますが、これ見てて
「うわぁ、こんなツイート敵を作るだけですやん」
と思ってしまいました。今見直すとめちゃくちゃですね。引きます。
 
まぁ慢性的な厨二病の僕は
「なんでもかんでも唾をはきかける症候群」も併発しているので
こんな発言をすることが時々あるわけなのです。許して。
道端で痰を吐くおじさんより嫌なやつであるのは認めます、ええ。
 
しかしながら、これを見ている善良な僕の養分、読者さんには
なんでもかんでも難癖をつける洗濯おばさんのような性格だとはさすがに思って欲しくないため
僕なりのエモいという言葉についての「考察」をこのブログに記せたらと思います。
 

エモいって便利

 
読者さんの中には
日々をエモいで彩ることができるようなエモーショナルマスターもいれば
エモいなんて初めて知ったし、使い道もわかんないよぉ><っていうエモ若葉もいると思うので
その差をなるべく埋めてから話ができるように「エモい」の意味と歴史について簡単に書いていこうと思います。
 
エモいとは
英語の「emotional」を由来とした「感情が動かされた状態」、「感情が高まって強く訴えかける心の動き」を意味します。
 
この文章だけではあまりに抽象的すぎてぼんやりとした響きしか感じられないのですが、
つまり「事象を原因とした時に結果として起こる感情の変化」という感じですかね。
 
ん〜?なんで「つまり」っていって
noteでエセ哲学自己啓発記事書いている人みたいな文体になってしまうんだろう。
あれです。
「かわいい」とか
「かっこいい」とか
「気持ちがいい…っ(やめようね)」とか
そういう気持ちの総称を「エモい」って呼ぶらしいです。
 
やはり総称だけあって、表現の幅使えるところはかなり多いですね。
 
朝起きて「う〜ん、エモい!」
ご飯食べて「う〜ん、エモい!」
学校行って「う〜ん、エモい!」
困難は分割せよ「う〜ん、ルロイ!」
永沢君の家が火事にあって「う〜ん、エモい!」
いやぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜エモエモのエモですな!w
いいですね。すごい便利な言葉で使い勝手がいいです。
言葉のスマートフォンって感じです。例えがてんでダメですね。
 
エモいの利便性はよくわかったのでもう少し踏み込んでいきます。
 
 

多分みんなが使う『エモい』の意味

 

 
さて、上記のようなエモいの使い方を僕の周りでは見たことが全くないですし
これほどまでにハイコンテクストな会話を繰り広げたこともありません。
となると、エモいには違う意味がありそうです。ここでwikipediaの概説後半を引用します。
 
気持ちをストレートに表現できない時、「哀愁を帯びた様」などに用いられる。
 
あー、みんなが使ってるのだいたいこれだわ。(結論)
 
確かにそうですね。
主人公が正ヒロインといい感じになってるのを、遠くから見てなんとも言えない顔している負けヒロインとか見ているとこんな感情わいてきますよね。えっ僕だけ?
 

確かに便利。でも、

 
確かに『かわいい』『かっこいい』だけだと、どうしても言葉と気持ちの乖離が起きてしまう表現があります。そのため、言語化しきれない微細な部分に対して「エモい」という言葉で表現します。僕もエモいって言葉使いたくなりますからね。名作漫画の終わり方は終わって欲しいような終わって欲しくないような複雑な感情を催します。
しかし、そうなってしまうと全ての感情に対して「簡単に言語化できないような複雑なもの(なのではないか)」という認識を働かせてしまうため、とうとう感情表現が「エモい」一択になってしまうのです。
朝焼けとともにタバコを一服、うーんエモい
クラシックを聴きながらAV鑑賞、うーんエモい
ポケモンデジモンが存在する中で漂うモンスターファーム、うーんエモい
 
なんて感じですね。
 
現在例えようのない感情に「エモい」と仮決定するのは、まあいいです。なぜなら、時間は流れ行くというものでどこかしらの地点で何かしらの決定をしないといけないことがあるからです。いつまでも「これは、うーんなんていうんだろう」って不明瞭なまま続けていくと言葉にできないイライラを感じざるを得ません。そのため、「今は『エモい』ってことにしておこう」と思うことは悪いことではないのです。
 
しかしながら、『エモい』という言葉を何のプロセスも得ずに適切な表現だと採用し続けることに対しては心の中を蝕まれていくような不安に襲われてしまいます。
『エモい』というのは便利なもので日常の感情表現を全て表せるし、なんなら全ての感情を複雑なものだと認識してそこから『エモい』と名付けることさえ可能です。前者は当然ながら、後者にも恐ろしさを感じます。
 
感情表現は、人の普段の認識から生まれるもの。甘いものに群がる蟻に生の執着を感じ愛おしく思えたのなら可愛いと言えます。また、その姿を人間に例え、理性を失くしひたすら本能に従う様を恐ろしいと思えたのなら気持ち悪いとも言えます。
 
このように個人の認識によって成り立つ『感情』は千差万別であり、誰かの感情表現に感化されることはあっても、誰かの感情に干渉される必要はないのです。
人の感想を見て「そういう考えもあるのか」としみじみ感じ別の感情を抱くことはあっても、「みんなこう思っていそうだから、そうなのだろう」というのはないということです。認識と感情が断絶されてしまうからです。
もちろん後者において、「私はこのように思っているが、みんなそう思っているから、形だけでもそう思うと偽っておこう。」というのは構いません。ただ、「私はみんなと違うように感じているが、みんなそう思っているのだからそれが正解なのだ。」と自分を邪と考えることがそもそもの認識とずれていて気持ち悪いのです。
 
それではなぜ、後者のようなことが度々起きるのでしょうか?それは「常に正しいものがある」という通念が蔓延しているからです。(ここで急に韻みたいなのを踏む。)
それは、中途半端な道徳教育や音楽鑑賞の授業に見ることができます。「音楽を聴いて感想を書きなさい」という授業に「なんて書けばいいのだろう」と思う人は少なからずいると思います。その原因は、音楽を聴いて感想を持ったことなどなかったなど様々なものがありますが、「自分の感想があっているのかわからない」というのもその一つなのです。
 
そして、「感情とは個人の体験などから生まれる認識によるものだ」という唯一の答えを教えてくれなかった教師や親、それに気づけなかった自分によるものなのです。『答え』を教わらなかった人はどうしても「感情表現にも正しいものがある」と無意識的に思い込んでしまいます。個性主義を謳う人にも見られることです。自分の感情が他の人と違っていたらと不安に感じるのです。
 
その時に役立つのが『エモい』です。『エモい』という表現は「かわいい」「かっこいい」よりも抽象的なものなのでほぼ外れることはありません。『エモい』という表現に間違いがないと知ると、『エモい』にますます依存します。どんな体験も『エモい』につながるのだと考え、全ての感情を複雑だと考え始めます。
 
そうなると、出来事への認識がマニュアル的なものになります。なぜなら、全ての感情を複雑なものだと結論づけ、そのように考えると今まで体験してきた過去の記憶は今あるものを認識することに無意味なものとなり、これからの認識においてもそれが通じるからです。
 
コンビニや飲食バイトにおけるマニュアル主義を「機械的」だと思う人がいるように、このような感情表現プロセスも機械的だと思えるのです。
そうして、機械的な感情表現プロセスは画一化していきます。この流れは、あくまで個性を重んじる現代社会においてそぐわないものなのです。
 
そのため『エモい』という言葉を使うにしても、それに至るプロセスを疎かにしてはいけません。なぜ『エモい』と思ったのか、それについて過去の体験などと照らし合わせて初めて個性になるのだと思います。
 
長くなったのでここで終わろうと思います。

 

うーん、この

 

 

補足
僕の中でのエモいの位置付け

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再利用でごめんなさい

フェルミ研究所 DE 真実

どうもいきです。
フェルミ研究所って知ってますか?


【漫画】なぜ大人になると1年が短く感じるのか?【マンガ動画】

たまにある、あの「〜の5つの方法!」という題名の
テンションが高い女性がしゃべっているタイプのあれです。

最近、朝5時に起きることが多くなったのですが
朝起きたらまずフェルミ研究所の動画を見ることにしました。

僕が高校の頃は、こういう動画を
「題名で詐欺して、お金を稼ぐために作られた動画」
だと思って、あまり好きではなかったのですが
ある日、何かしらの動画がすっごい面白くて見始めてしまいました。

今回は、そんなフェルミ研究所の面白いところについて書いていこうと思います。

かなり遠いIFについての動画が多いこと

さて、いきなり意味不明な見出しを書きましたが
僕の語彙力不足でこんなものになっている次第です。

かなり遠いIFとはつまりこういうことです。


【漫画】石油がなくなるとどんな生活になるのか?【マンガ動画】

「もしも、石油がなくなったら?」という題名ですが
まあ、これはあるかもしれませんね。
僕が中学生の頃は
「あと40年で石油は枯渇する」なんて話もよく聞いていましたしね。
でも最近は、全然聞くことがなくなりましたね(笑)
安倍の陰謀ですか?手から石油とか湧くようになったのかな?

上記の動画は「遠いIF」とは感じないと思う人もいくらかいると思います。
しかし、次の動画はどうでしょうか?


【衝撃】もし5秒間だけ酸素が消失したらどうなるのか?

いや、この状況はありえないでしょ

幾ら何でも、数年後に酸素が5秒だけなくなる瞬間が来るなんて状況はありえなさそうです。

1歩譲って、誰かがスタープラチナがvsジャスティスで見せたような呼吸をすれば、なんとか地球上の酸素とかなくなるんじゃないでしょうか

ãã¹ã¿ã¼ãã©ãã å¼å¸ãã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

B'zの稲葉さんとかできそうですね。
「B'zの稲葉さんとか地球上の酸素を吸い尽くせそうだし、ありえるでしょ!」
なんて思っている方のためにもう一つ紹介します。


【漫画】クジラに飲み込まれたらどうなるのか?【マンガ動画】

さすがに、クジラに飲み込まれるなんてことはないだろうし
このブログを見ている人は海なんて行かないと思います(偏見)

あっ、でもvs女教皇(ハイプリエステス)の時に…

こんな感じで、フェルミ研究所にはとても多くの
クッソ役に立たないけど楽しいIF動画があります。

なんか知的好奇心が擽られますね。あ、痴的か

一応、役に立ちそうな動画もあるよ

今まで上げた動画はどれも
数十年後だったり
あなたがスタンドバトルを繰り広げない限りありえないわけです。

しかし、スタンドを持ちえない一般人でも
役に立つ動画はもちろんあります。


【漫画】スマホ依存症になるとどうなるのか?【マンガ動画】

これとかスマホばっかり触っている現代人にとてもオススメな動画ですね。
こういう動画を見ると、スマホで小室圭の動画を見ながら自転車に乗ることもなくなりそうですね。

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どうでもいいですが、photoshopのおかげでコラがやりやすくなりました。

 


【衝撃】頭が悪くなる朝の行動5選

こういう、1冊1000円くらいするクッソ薄いビジネス書のような内容でも
フェルミ研究所は取り扱っています。

ためになる動画ももちろんあります


【衝撃】なぜ国旗に紫色が使われていないのか?

これとかためになりますね。
紫色の歴史について詳しく書いてあって、歴史が好きな人たちには好奇心が湧き出るとても面白い動画だと思います。
はい、ムラサキカガミ

小ネタがちょいちょい面白い

フェルミ研究所の人は結構遊戯王が好きなのですが
それが動画にちょいちょい小ネタで出てきたりします

いやあ、初期のホーリーナイトドラゴンネタがいい味出してますねえ。
初期のブルーアイズとかブラックマジシャンとか懐かしい遊戯王ネタばかりしているので多分うp主はコンマイ語についてこれず遊戯王を辞めた人だと見受けられます。

ãä¸è¦è¤éããã ãã©è¤éã ããã®ç»åæ¤ç´¢çµæ

あと、僕の好きな動画を一つ上げます。


【実験】天才だけができるケーキの切り方

この動画の中途半端に終わる感じとかもとても面白いし
最後、嘘つき扱いしてるのユーモラスです。

ケーキなんてパリパリになった後、ピラミッドパワーで直せばいいのに
と僕は思いますけどね(笑)

f:id:gerosu:20190313075558p:plain

 そうかー。ピラミッドパワーかー

こういう動画もあります。


【実験】コカ・コーラクリアの砂糖の量を調べてみたら・・

動画の最後らへんの少しキレてる感じとか面白いです。
な、何するダァー!ゆるせん!

ゆるせカツオ…(CCO

 

 

 

さていかがでしたか

クソアフィブログみたいな終わり方になってしまいましたが
こんな感じでフェルミ研究所の動画は
それなりに面白いし、タメになるものがとても多いです。

ネタ動画の矜持が見えますしね。

あんなのクソ動画じゃん!って思ってた食わず嫌いな人も
ぜひ今回の記事を機にみてくれれば幸いです。
ぜひ、フェルミ研究所 DE 真実を体感してみましょう^^

自由の恐怖

ひさしぶりにくら寿司に行きましたが
回転寿司も食べられるもんですね。

〆さば寿司とか好きなので普通に食べられてとてもよかったです。

ゴミ箱とかに一回入れていようが美味しいものは美味しいんですね。
バイトの人たちって大変だなあ。

さて、僕が所属する経済学部では卒業をするために必要な単位数が他の学部と比べて少ないため、今のような時期にかなり時間に余裕ができて行きます。

そのため、プログラミングや公務員の勉強したり、バイトに精を出したり、Tinderでひたすら右スワイプしていったりなど様々な過ごし方をして行きます。

僕は、ずっとゲームしています。

はい。そろそろ将来に対して重要な時期になってきました。

が、ゲームばかりしています。

それでは、重要なこの時期にゲームばかりを僕はしているのでしょうか?

 

理由なんて…

あるわけないでしょ。
惰性でずっとゲームばっかりしていたのです。
スマブラLOL→待ち時間にスマブラ、といった感じに延々とゲームばかりしていました。

スマブラアドベンチャーゲームばかりしてリュウのコマンドを覚えながらひたすら1v1をしていって、飽きたらLOLするかあって言いながらマッチングの待ち時間でスマブラをしていく毎日…

そうしていくとね、思うわけですよ。

これはやばい、と。

自由の厳しさ

よく、世間では「自由であることはいいことである。」といった価値観がもてはやされます。
働き方も自由で、生きる場所も自由で、どのように過ごしていくかも自由…

自由自由自由自由GU自由自由自由

そうして、僕はゲームをし続けるといった自由を手に入れましたとさ。
しかし、それだけではやはり退屈なのです。

誤解して欲しくないのは、ゲームが嫌いなわけではないんです。
スマブラでクリアできなかった面が運良くクリアできた時カタルシスが半端ないです。

LOLにおいても集団戦でキャリー(勝利へ導くこと)をすれば、ドーパミンがドバドバで天にも登る気持ちになるのです。
この場面がとてもよかったなどと感想を言い合う時には人と人の繋がりを感じます。

でも、退屈なのです。

自分のやりたいことをやって、そして多くの人と繋がれて計画上は幸せになるはずなのですが、

退屈なのです。

でも、それがなんなのか全くわかりません。

なので

なんなのかわからないけどとりあえずLOLをアンストしました。
まあ、就活が解禁されるのも近いのでね。
ここらへんで踏ん切らなきゃと思いまして

Twitterも消しました。
何か起きても何が起きなくてもtwitterのアプリを開こうとしている自分を客観的に見て、怖いなと思いました。

今では、ブラウザ版でTwitterを見ています()

Twitterの恐怖。

 

君が僕らを悪魔と呼んだころが面白い

どうもこんにちは
就活の時期ですね、みなさんこんにちはいきです。

みなさんお元気ですか。僕はやる気が起きない就活に足を躓かせとてもピンチです。
死にそうです。でもなんとか生きてます。誰か俺を雇ってくれー。

僕は漫画が好きでよく読んでいるのですが、最近のお気に入りとして
「君が僕らを悪魔と呼んだ頃」「リィンカーネーションの花弁」「王様達のヴァイキング」が好きだと以前ツイートでも呟きました。

 

この中でも「君が僕らを悪魔と呼んだ頃」は特に気になっている漫画です。
しかし、ここで話を終えてしまうと
「ただ、面白い漫画を紹介する」というツイートレベルの話になってしまうので
これでは、ブログはかけません。

それだったらわざわざChromeはてなブログを検索して今のようにエディタの画面を開く意味はないわけです。

そのため、今回「キミが僕らを悪魔と呼んだ頃」についてを読んでいない人(というより、読んでいない人の方が多いだろうけど)にもわかるように紹介しようと思います。

 

俺が悪魔…?お前このやろう…

「これからオマエは未来永劫過去に復讐され続けるんだ」

 

主人公の斉藤悠介は普通の高校生。友達と普通に遊んでカレーが好きなごくごく普通の。ただ、半年前に記憶を失ったことと人を殺す夢をよく見ること以外に関しては−。

しかし、彼が記憶を失っても、記憶は彼を追いかけてくる。手に大きな穴を開け、背中を焼き、当たり前のように強姦をする。中学生のころの彼は「悪魔」だったのだ。記憶を失い、普通の高校生になった彼に復讐せんと多くの人間がやってくる。ーーさて、俺は誰を殺したんだ?

というようなあらすじです。

最初読んでいた時は

 

ぶっちゃけほとんど期待していなかったです。

いや、本当に

 

だって、話の展開が結構ありきたりだし
ありがちな、意外性だけが飛び出た設定で勝負している感じがあるし。
実際、彼がしたことに関して、彼を「悪魔」と称することに反対はしませんが
彼の悪性がどうも陳腐に見えてしまうのです。

「俺は生粋のワルだぜ。万引き、喧嘩に、傘泥棒は余裕だぜ。悪そうなやつは大体トモダチ。」
って言われても、「ああ、そうですか(近寄らんとこ)」くらいにしかならないわけです。傘泥棒は殺す。

そこに日常がないわけなのです。
僕らは人を見る時、どうしても日常生活においての彼というものをみざるを得ません。
彼が普段どのような生活をしているか。何が好きで何が嫌いか。ここに明らかな歪みが見つけ
「こいつは今何を考えているのか、もしかして…」
と考えが至ることで初めて恐怖ができるのです。

しかし、それが欠けるとどこか遠い世界のもののように感じるでしょう。
臨場感の欠如とも言えるでしょう。

 

まさにそれが物語に見えたのです。
主人公の斉藤悠介が過去に悪魔の所業の如く、悪事を働いていた。と言われても、彼の普段の言動に彼の悪性を垣間見ることはほとんどなかったですし、彼自身が過去の事実を知ってもほぼそのような姿にはならなかった。(それっぽいことをしている場面もあるがあくまでそれっぽいこと)

それが僕にとっては非常に残念だと思いました。なんか、最近のデスゲーム系の感じかな?とぶっちゃけ思っていました。ジャンルは違えど、『平和な生活がある事件を界にどかーんと一変して、ものすごいことがおこるー』みたいな浅さを感じるのです。

そのためこの漫画に関してはそれほど期待などしていませんでした。読み続けていたのも途中まで惰性がなしたことです。どうせ、すぐに終わるんだろうなと思っていました。しかし…

いままでの物語は0章でしかなかった、と言えるほどの新章の充実さ

『彼が全ての真実を知って数年後』
新章はそこから話が始まります。

もうすでにしているのですが、ネタバレをしない程度に新章の感想を言うと

今までの物語は自己紹介でしかなかった。

悲しいことに、それくらいしか言えないわけですよ。語彙力ゥ…ですかね。
ただ言えるとしたら、人の想像力を掻き立てる怖さがあり、続きはまだか続きはまだかと
『飯はまだかおじいちゃん状態』になってしまうこと間違いなしです。

それほどに人間的なホラーさは増してますし、次が読みたいと強く思うような展開の仕方をしていて、とても素敵でした。作者さんは悪魔ですか。できれば、サキュバスらへんの悪魔でいらしたら最高です。

もし、今お金に余裕を持っていて、何か最近の漫画を読みたいなと思ったら
断然僕は「君が僕らを悪魔と呼んだ頃」をおすすめいたします。

 

僕のブログにありがちな尻すぼみ感は否めないです。しゃーないです
それじゃ

 

 

責任感から遠ければ遠いほど文章書くの捗る

あけましておめでとうございます
とか言いながら今年二つ目のブログ更新なのです。

これはブログ書いていて思うのですが
どうやら文章というものは
自分の責任感というものから遠いところにあればあるほど
文章書くこと自体とても捗るのですよ。

 

例えば、酔った時の夜、
文章書いてみよう〜って思って
思いつく限りのことをぱぱぱっと編集画面に打ち込んでみると
とても多くのことが書けるんですよね。

だがしかし、全く酔っていないし
「俺は発信するために文章を書いている!」
とかいう大義もって書いてみると文章書くのすごい遅くなるんですよね。

自分でもね、これなんでかなと思いながら考えてみると
どうやら「書いている文章に責任感を持とうとしているから」っぽいのですわ

どういうことだってばよって話ですが
簡単に言えば
文章を書きながら
「自分の考えがところどころ甘い」という点について
いやでも気づいてしまうのです。

自分の頭の中ではぼんやりと
これとても素晴らしい考えなのでは?
というものでも
いざ、文面で見てみればゴミのゴミみたいな形になってしまうのです。

でも、これを悲しむことはないなと僕自身は思っています。
なぜなら、自分で悩んでみるという過程こそが
「学びの過程」だと思っています。

自分自身が書いている物事について
正しいかな、本当にそうかな?
どのように思われているのかな?

そう考えながら文章を書くときほど
怖いものはありません。
今までも文章を書くときはそのような感じでした。

ネガティブな感情ばかりが
表現をする瞬間にはどうしても付きまとうものです。

しかし、レポート作成においては
とてもスラスラかけます。

なぜなら、
「もともと詳しくもないことについて書くことにおいては
書きながらの反省など微塵もしないからです」

そのため、レポート作成に苦しんでいる
大学生諸君は
「自己反省をすることのないような妄言」をいっぱい書きましょう。

これは僕が大学3年間で培ってきたスキルです。
授業のレポート(文系)が進まない理由は
「たいして、詳しくもないものについて責任感を持って
レポートを書こうとするからです」

みんな妄言を書きましょう。

 

※本記事はやっつけで書いています。

雑記ブログらしい雑記

12月30日、高校の頃の同級生らと飲んだ。
多くの鹿児島の人間に喧嘩を売った一年だったと真に感じているため
鹿児島には帰ることができないなぁと思っているのだが
それでもやはり、青春の一部は彼らの存在なしになりえないものなので
彼らと再びこうして出会えたことをとても誇りに思っている。

 

なぜか、お酒を飲みながら急にLGBTについての議論をしたのは覚えている。だがしかし、アルコールを注入して語られる会話などたかが知れているのである。
次は、シラフの状態で話したいなという気持ちもあるし、あの朧げな夢でも見ているような感覚に襲われていたから、あんな会話ができたのかも知れないという気持ちが入り混じる。
そこからの記憶はない、ただ覚えているのはトイレを見かけた瞬間での、実家以上の安心感とその後の爽快感だけだ。

 

そうして、12月31日二日酔いでライフがほぼ0の私の前に、年末恒例のすき焼きが実家で振舞われる。
すき焼きほど、笑顔で暴力を振るってくる料理もない。あれは優しいように見えて、そう見えるだけなため全く優しいなんてものではない。ただの暴力である。

 

ただ、嬉しいことにちょっといい肉を使っている。
ミーハーな私にとってちょっといいという属性を纏った食べ物ほど素晴らしいものはない。

残念ながら、私には味の良し悪しが全くわからぬ。
音楽においてもその美醜を適切には判断ができぬ。

そのため、私はちょっといいという属性を食べているのである。
牛肉にまとわりついた「ちょっといい」という属性を体全身にめぐらせ、自分を活気付けていく。そうすれば、牛肉の良し悪しなどわからなくてもそれなりに気持ちよく食べることができる。

これは、覚めるべきでない幻想だ。もし、これから覚めてしまえば瞬間、食事が窮屈になってしまいまともに生きていくことはできないだろう。

そう、属性を食べているんだ。などと、二日酔いの時になると無駄に考えてしまう。
だが勘違いしてはいけないのだが、決して賢くなったわけではない。
二日酔い時の思考などただの思考の寄り道でしかない。実際に、足がふらふらと動くようにその頭の中も望まない目的地に向けてふらふらと歩いているような感覚に近い。

とか、変なこと考えてしまうから二日酔いは嫌なんだよなあ。

 

酔いも覚めそうなのでここら辺で止めよう。
うん、止めよう。

 

うん、あけおめ

 

おすすめしたいChet bakerの名演

どうもいきです
もう直ぐ年末ですねー
寒くなりますねー

茶番は置いといて本編に入ろうと思います。

Chet Bakerって何者?
チンピラにボコられて歯が折れたって本当?
とかいうアフィブロ文体も置いておこうと思います。

僕はトロンボーンを吹いています。
しかし、よく聞くのはトランペット奏者のChet Bakerです。

なんでかはわかりません。なんかいつの間にかそうなってしまった。

そのため、ここで皆様に僕がお勧めするChet Bakerの名演をお送りします。

Chet Bakerってあれだよねー。
柔らかいトランペットが−

 

ダメです。奥さん。
今日はそんな、ステレオタイプ捨てちゃいましょうほらほら。

ただ甘いのだったら僕は、こんな投稿しないですよほらほら。

どうせお勧めするんなら徹底的にヘンテコなの貼りたいのです。ほらほら。

 

それでは一曲目いってみましょう。

A Night in Tunisia

 

www.youtube.com

特に書くことはありません。
チュニジアやってるの珍しいでしょ?って言いたかっただけ
本当にそれだけ。

 

Bernie's Tune

 

 

大好き。
Gerry Mulliganとのいざこざがあった1950年代を思うと
このBernie's tuneの絡み方がとても綺麗。

Chetはトランペットではあるんだけど
なんとなくテナーサックスのStan getzと役が被っている感じが否めないのですよね
バリトンだと住み分けができてていい感じがする。

それにしてもこの年代にしてはソロが短いなあと思う
(ここらへんのライブだとだいたいソロが4〜5分あることもよくある)
やっぱり不仲なんじゃ

 

Portrait in Black and White

 

www.youtube.com

 

これが彼のやってきた全曲の中で一番好きかも知れん。
一応ボサノバではあるんだけど
ノリはボサノバっぽくなくてスッキリしている。

メロディのどこか悲しいような不安さを感じさせてくれるんだけど
ソロではその色にとどまらず、鬼気迫るような圧倒的シーンを見せてくれる。
ここの圧倒さには筆者驚きました。(このシーンだけを文字通り100回以上聞いた)

そして、某ソウルメイトとソウルが共鳴したのもこの曲

実はこれ東京でのライブなんです。
びっくりしませんか

びっくりしませんか

こんなん日本で聞けるなら残尿ものですよお兄さんお姉さん。

そして、当時の日本の技術力の高さを思い知らされたのも
このアルバム

数多くのゴミ音質で有名なChet Bakerの中でも
圧倒的に音質がいい。

多分、これ日本が音とったやつだと思うんですよね。
日本がとったんかな?いやとってないかもしれへんわ、紹介するのやめとくわ確信がないわ

一説によると、薬を抜いた状態のライブだったらしい。

このアルバムはChetだけでなく、
PianoのHarold Danko
BaseのHein Van Der Geyn
DrumsのJohn Engels全員が地味にすごい。

この中の誰もあまり名前を聞くような人間ではないのだが
どの曲においても見られる”控えめではあるが大胆なサプライズ”が
とても好き。

このアルバムは今年の四月からずっと飽きずに聞いてますね。そんくらい好き。

もうね、好き。

 

Have you met miss jones

www.youtube.com

今までの曲の中で初めて、歌付きをいれてみました。

これの聞きどころは
ごめん、僕もよくわかりません。
というより、僕はこれをあんまり名演だと思っていないです()

しかし、曲の最後のメロディ部分
僕はどうしてもそこを聞いてほしいのです。

聞いていればわかるのですが、
メロディに入るところを彼自身ミスってしまい
客に笑われてしまいます。

そして、メロディの途中で声が裏返ってしまい
そこでさらに笑われてしまうのです。

しかし、最後の声の伸びは彼の今までのミスを帳消しできるほどに
素敵なものなのです。

だから、すごいすこです。

 

最後に

In Tokyoのテイクみんなも聞いてくれ
以上。